うちゃのブログ

インド占星術の雑記帳。 「インド占星塾」の掲示板に棲息していた占星術家の、素人目線の研究結果です。学習の参考にご利用ください。

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ラーフ期ってこんな 13

今日は、シグナルさんのラーフ期の体験談です。(転載許可有)
11室惑星集中もともなって、野望が大きそうですね。

シグナルさん
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私のラーフ期は、恐らく18歳あたり(1996年あたり)から始まってるかと
思いますが、まさにその辺り(大学入学)から
「遥かな悩みの航海」に出たような気がします。

元来、幼い頃から「悩み症」(物思いに耽る)な所がありましたが
この辺りからさらにそれが顕著に現れました。
「自分は社会に出て、何が出来るのか…」「いかにして生きるべきなのか…」
そんな、今考えると「考えても仕方ない」事ばかりに思いを巡らし
いわゆる「キャンパスライフ」等とはかけ離れた生活を
送っていたような気がします。



●大学卒業間際(2000年あたり?)
ラーフ-木星期。木星は、8室の支配星で、ラーフから見ると11室目に在住。
「東京に出る!」と、文章を書くのが好きな点を活かして
 ライターでもすると親に宣言したのですが
 伯父がアメリカで仕事をしているということで「とりあえず世界を見てこい」と
 勧められ、半年間アメリカで伯父の鞄持ち兼運転手をしました。
 これが、私の海外デビューになりました。(両親には感謝しきれません)

●2002年頃~2004年頃

ラーフ-土星期、ラーフ-水星期
 米国から帰国後、中途半端に世界を見たばっかりに、好奇心を刺激され
 豪州で1年半、勉強をしながらインドレストランで仕事をしました
 ここでは色んな人に出会い、世界の広さ・日本の狭さを実感しました

●2006年頃(27歳あたり)

ラーフ-ケートゥ期
 日本の物流業界で仕事をしていたところ
 アメリカでお世話になった伯父から「韓国で仕事してみないか?」と勧められ
 ました。韓国語など全く分からず、韓国にも一切興味はなかったのですが
 中途半端な英語を多少使って仕事をして悦にひたりかけてる自分が許せなくて
 何も分からず飛び込みました。
 条件は朝から晩まで、工場で働きながら韓国語を身に着ける。
 言葉では言い表せない孤独感と焦燥感に包まれた毎日でしたが
 あの時の自分には、あの道を選択するしかないような、閉塞感もありました。

●2008年頃

ラーフ-金星期
 韓国から帰国後、伯父と一緒にビジネスを…という話だったのですが
 その仕事の内容・条件が初め聞いてたモノと全然違っていき
 私の未来が見えなくなったので、お断り…その時点で、全てを失いました。
 そこから1年半(2009年終わりあたりまで)派遣労働者で日雇い生活
 その日暮らしの毎日でした。

●(2009年~現在)

ラーフ-太陽 ~ 火星期。
 なんとか職が決まり、1度の転職を経て今に至ります
 簡単に言うと韓国企業を相手にした海外営業の仕事をさせて頂いております。
 充実はしているものの現状には満足しておらず、語学のブラッシュアップと
 ある大き目な資格の取得を来月あたりから始めようか検討中です

と…ずうずうしくも自分の半生みたいなものを長々と書かせて頂きましたが
どんな時も「精神は落ち着かず・ここにあらず」だった気がします。
「もういいって思いたい。自分を諦められたらどれだけ楽やろう」と。

現状も「疲れる野心」は心に潜んでいるのですが
やはりラーフ期の終わりに近づいているからか、周りの環境や自身の焦り等は
少しずつ落ち着いてるような気も致します。

| ラーフ期の体験談 | 22:03 | comments:0 | trackbacks:0 | TOP↑

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