2018.04.15 Sun
深浦康市九段のホロスコープ、その1、ラーフ期
深浦康市


1972年2月14日、長崎県佐世保市、出生時間不明
出生時間はわからないんだけど、1972年2月14日
午前0時生まれなら、15~32歳がラーフ期。
午後11時59分生まれなら、5~23歳がラーフ期。
ここで将棋界のルール説明。
大ざっぱにいうと
C2→C1→B2→B1→A→名人
というグループがあって、毎年2名が上の級に上がり


同じ成績だったら、前年度のランキング順で2人が昇級(降級)して、1人は残留(来年にまたチャレンジ!)。
深浦青年がプロに合格してC2に入ったのは1991年、19歳のとき。
15歳から23歳(1987~1995年)までの深浦は、間違いなくラーフ期です。
ラーフ期は、漫画みたいな出来事がふつ~に起こります。
なんで?っていうような、数奇な運命が待ってることがある。
翌1992年、深浦の障害のライバル、三浦弘行青年(1974年2月13日、群馬県高崎市、出生時間不明)がプロになる。
この時点のランキングは、先にプロになった深浦のほうが上。
1993年、C2最終戦で深浦vs三浦が戦い、深浦が負けます。ここで、2人のランキングが逆転します。
このたった1度の敗北が、後の深浦の人生を20年間悩ませ続けることになるとは。
前年度の敗北がたたりました

1998年、舞台はB2。またもや、深浦&三浦は同じ成績(4年ぶり2度目)。
ランキング上位者の三浦


2004年、舞台はA級順位戦。またもや深浦&三浦は同じ成績(6年ぶり3度目)。
深浦がB1に降級し


翌2005年、深浦、A級にカムバック。
ここから先の深浦は、間違いなく定座の木星期。
でも、まだダシャーチッドラでラーフ期の影響は残るから、
ラーフ期に出会ったライバル三浦が、深浦のキャリアに立ちはだかり続けます。
2006年、A級で深浦と三浦が同じ成績(2年ぶり4度目)。深浦B1降格


2007年、深浦、A級に三度カムバック。
2008年、A級で深浦と三浦が同じ成績(2年ぶり5度目)。深浦B1降格


2011年、深浦、A級に4度目のカムバック。
2012年、深浦が生まれて初めてA級に残留。木星期の恩恵を噛み締めたことでしょう。
2013年、ようやく深浦が三浦よりもランキングを上回ります。


ここまで20年、長かった。
これ以降、深浦は安定して上位者(A級)の地位を獲得します。
木星期が終わって、もう土星期になってるのかな。
土星期は9室惑星集中になるから、安定しそう。
青年時代をラーフ期で過ごし、数奇な運命を経験した棋士のお話でした。
PS.
2018年のA級順位戦は、
上位6名が同じ成績という、前代未聞の大混戦になりました。
下位3人は、B1に降格。
上位にも下位にもかかわることなく
平穏無事に7位と8位をキープした棋士は、、、
深浦と三浦。
どこまで仲良しやねん!


誕生日が1日違いだから、太陽の度数が0度30分差くらいでコンジャンクトしてるせいも、あるのかな。

深浦九段のホロスコープ、その2、マリカ・ヨーガ
| ラーフ期の体験談 | 00:07 | comments:4 | trackbacks:0 | TOP↑
うちゃさんの将棋愛が…笑
深浦九段と三浦九段の誕生日が1日違いだとは知りませんでした。
お二方とも木星と火星が定座で凶星の影響がないですね。
ラーフ期の次は木星期。
攻撃的な棋風でA級棋士になられ、
40代になられても第一線で活躍されているのが
ホロスコープに出ているように感じました。
金星高揚は以外でしたが、私生活はわからないので何とも。
順位戦は「順位」が大事だなと今回の
A級順位戦6人でのプレーオフで改めて思いました。
プレーオフのトーナメント表…
豊島八段、王将戦と合わせて先月の
過密スケジュールお疲れ様でした。
| island | 2018/04/15 13:43 | URL |